おかしなふたりのVACANCES〜ヨーロッパ旅行記〜

ヨーロッパ旅行大好き夫婦のブログです。 旅先で起きた出来事や海外旅行ツアー・グッズ情報、外国為替についても紹介したいと思います。

2007/11/30 [Fri]

自由行動でシナゴーグに行ってみました

自由行動の続き。
西洋美術館の後はユダヤ教の教会シナゴーグへ。

オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝一族がハプスブルク家であったことから、現在もカトリック教徒が多いのだとか。
ハプスブルク家は神聖ローマ帝国の後継者たらんとしていたわけだから、これはある意味当然なのかと。
ところがハンガリーでは比較的寛容な宗教政策をとっていたそうだ。
多民族・多文化の領内をまとめるのは苦労が多かったのだろう。

ブダペストにはけっこう大きなシナゴーグが残っている。
シナゴーグ1

残念ながら、この時間は入り口が閉まっていて中へは入れなかった。
噴水前の広場ではアジア系の観光客がダベっていた。
sinago-gu2.jpg

やっぱりキリスト教の教会とは雰囲気が違う。
装飾や文様も独特だ。

とても印象に残った場所だった。

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2007/11/29 [Thu]

グヤーシュ、グーラシュ、グラッシュ

ハンガリーといえばパプリカでござる。
そしてパプリカといえばグヤーシュでござる。

グヤーシュとはハンガリーの代表的な料理。日本のみそ汁に当たるものだ。
他にもグーラシュと呼ばれたり、英語ではグラッシュなどと発音される。

作り方はカンタン。

肉を角切りにして炒める。
小さく切ったじゃがいも、にんじん、タマネギ、にんにくを炒めて肉とあわせて鍋へ。
トマトを切って鍋にどぼん。
塩、こしょうで味を整える。
そしてそして主役のパプリカをたっぷり入れる。
後は煮込むのを待つのみ。

何となくカレーっぽいレシピだ。

民族料理の多分に漏れず、グヤーシュにも地域的なレシピの差があるらしい。
さっきはみそ汁に例えたが、その意味ではお雑煮のような感じもする。

もちろん、日本でも食べれる。

手軽にというならばディアスープなんかがおすすめだ。

ハンガリーでは民家の入り口付近に大量の干しパプリカが吊されていることがある。
それだけ身近な食材なのだろう。

グヤーシュハンガリーの味をお楽しみください!

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2007/11/28 [Wed]

ブダペストの西洋美術館にいこう!

ふたたびヨーロッパ旅行記ハンガリー編にカムバック。

この日の午後はフリー。
ラッキーうっほーということでブダペスト市内を歩く。

とりあえずの目的は「西洋美術館」だ。
あるハンガリー貴族のコレクションが中心ということだが、
エジプトや古代ローマ、20世紀美術など幅広い作品が所蔵されている。
西洋美術館


受付で英語が通じなかったが、なんとか特別展入場込みのチケットをゲット。

王宮のような内部をぶらぶらと見て歩いた。

ところが、建物の広さがかなりあるので全てのフロアを渡り歩くことはできない。
しかたなく、入り口でもらったパンフをもとに興味のある作品だけ鑑賞することにした。

その中で一番強烈だった作品がルーカス・クラナッハの「サロメと洗礼者ヨハネの首」だ。

中世絵画はもちろん宗教をモチーフにしたものが多いのだが、
「美女」と「生首」の組み合わせとくればヨハネとサロメのものだ。

この設定はほとんど揺るぎないものとなっている。

これは聖書にあるサロメという王の娘が父王から「ほしいものはあるか?」と問われた際に「ヨハネの首」と答えた物語に即して描かれている。

死と美女の組み合わせは、よほど多くの作家のインスピレーションを刺激したのだろうか。
ギュスターヴ・モローもこの物語を題材にした作品を残している。

妖しさと美しさの組み合わせは蠱惑的な魅力なのだろうか。


2007/11/27 [Tue]

秋だ!恐怖だ!健康診断だ!

シェアブログ403に投稿

日々秋の気配が漂う今日この頃。
我らが職場にひとときの緊張感をもたらす「使者」がやってきた。

その名は「健康診断結果」という封筒。

そこに刻まれた数値は一年間の不摂生を無慈悲に語る記号となる。
ある者は嘆き、ある者は叫び、そしてある者は沈黙する。
普段はアットホームな職場が一転、阿鼻叫喚の渦に陥るのだ。

そもそも「新陳代謝全開っす!」「まだ細胞分裂激しいっす!」というような若者などこの職場には存在しない。
皆、どこかしらにスイッチの入った(あるいはすでに爆発した)時限爆弾を抱えているのだ。

そして私がおびえる数値は、何を隠そう血糖値

振り返ればこの一年、

モンシュシュの「堂島ロール」やら、エス・コヤマのロールやら、モン・プリュのムランゲやら、オ・グルニエドールのタルトやら、ベックルージュの生菓子やら、元町ケーキの「ざくろ」やら、ジュヴァンセルの「さがの路」やら、マールブランシュのモンブランやら、キャリエール・ヒデトワのプリンやら、フラワーのマダム・ヨーコやらエピナールの生チョコやら、もちクリームやら、仙太郎の最中やら…

無数のお菓子が胃の中に消え、一部が血中に入り込んでいったわけで。
もはやかつてのような代謝能力を失った身には処理し切れていないだろうと考えるわけです。

「ぎゃー!コレステロールがー!」
「マジかいー!血圧がー!」
「おいー!尿酸血がー!」

すでに周囲には現実をつきつけられた人々が声を上げ始めている。

何となく、通知票をもらった小学校時代を思い出しながら、運命の封筒を開封する…

と、「所見欄」に短い一言が見えるではないかっ…!
やはり血糖値か…いよいよケーキやめないといけないかな…

どれどれ

???????

「血圧が若干高めです。塩分とりすぎの可能性があります。」

「…」

塩分ってなんじゃー!!!

ということで、もう一年間はケーキ狂いを続けることができそうです。


2007/11/26 [Mon]

秋だ!京都だ!紅葉だ!(2)

南禅寺を後にした私たちは、次に京都市内から北西に位置する大原に向かう。

ここまでくると市内とはだいぶ街の様相が異なる。
それでも住所は左京区ということで、京都大学がある百万遍や銀閣寺などと同じになる。

しかし、風景はこんな感じ。
大原2

お目当ての三千院へは、とてものどかな道をぼつぼつと歩いていく。
この辺りは、かつて貴族や仏徒の隠遁の地として愛されたそうだ。

そんな中に天台宗の由緒ある寺、三千院がある。
三千院

この辺りの木々は、まだ色づいていなかった気がする。
紅くならない木が多いのだろうか?

一方で、大原のもう一つの名所寂光院はバッチリ見ごろだ。
大原

ここではゆっくり紅葉を楽しむことができた。

京都といえども、地域や場所によって雰囲気は千差万別。
市内の中心部を外れても良いところがたくさんですよ〜

2007/11/25 [Sun]

秋だ!京都だ!紅葉だ!その1

秋の京都といえば紅葉。
夏の祇園祭と並んで、全国から人々が集まる時期だ。

バスというバスは満員。

電車という電車は通勤状態。

とにかく人が多いというのが印象だ。

そんな人混みにあえて挑戦するように、この連休は京都に行ってみた。
場所は東山〜大原という、紅葉のゴールデンロード。

京都市内は中心部から東側の方が地価の高い地区になる。
高台院や清水寺など、有名な観光スポットもそのあたりに集中している。

ちなみに地価はアパートやマンションの家賃にも反映するため、あまりお金のない学生は西側の右京区に下宿することが多い。
花園や太秦、嵐山といった地区には閑静な住宅街が広がる場所もある。

さてさて、今回向かった先はまず永観堂。
永観堂2

正しくは「禅林寺」。空海の高弟が作った寺だ。
ここは中庭や池がすご〜くきれいに整備されているため、紅葉をキレイに見ることができる。
紅く色づいた葉と古寺の組み合わせは本当に美しい。
全国から人が集まることがよく分かる気がした。

今年、メジャーリーグ・レッドソックスで活躍した岡島投手の母校・東山高校がこの近くにある。
京都では有名な野球の名門校だ。

次に訪れたのは南禅寺。
南禅寺

京都の禅寺には「五山」と呼ばれる制度がある。
簡単に言えば、禅寺で格式の高い五つの寺の総称だ。
上から「天龍寺」「相国寺」「建仁寺」「東福寺」「万寿寺」の順位となる。

そして南禅寺はといえば、この五つよりも高い位である「別格」に位置している。
開基は亀山法皇で、日本の禅寺では最高ランクということらしい。

しかし、俗物の化身のような私は南禅寺=湯豆腐として記憶してしまっている。

この付近には湯豆腐で有名なところが多い。
特に「奥丹」という店はいつも行列だ。
私も観光客が少ない時期に並んで食べてみたが、とてもおいしい店だった。
特に田楽が…最高です!

食も景色も素晴らしい秋の京都。
まだまだ間に合いますぞ〜





2007/11/24 [Sat]

「花いくさ…」をみよ!芸妓の業は伝統文化です!

ここ数日、岩崎峰子さん関連のキーワードでこのブログに来られる方が増えてます。
おそらく井上真央さんが岩崎さん役を演じた『花いくさ〜京都祇園伝説の芸妓岩崎峰子〜』というドラマの影響ではないかと。

そういえば…ということでこのブログでも岩崎さんとその活動を紹介したことを思い出しました。

きっかけはヨーロッパのある国で、日本人留学生とおぼしき人物が

「アイ・アム・サムライ!ゲイシャ!ジャパニーズ!」

という、自己紹介?ネタ?のようなもので笑いをとっていたということを目の当たりにしたこと。

私の勝手な感触ですが、あちらの方にとって「サムライ」はともかく「ゲイシャ」に関しては相当誤った知識が流布している気がします。
一般的なのは「ゲイシャ」=「遊女」=「娼婦」といったところでしょうか。
「遊女」というのもあちらの方には理解しにくいところがあるようで、「娼婦」というワードに置き換えられてしまうようです。

もしかすると、多くの日本人自身が「ゲイシャ」の意味が分からないため、訂正のしようがないのかもしれませんね。

岩崎さんは京都・祇園で相当な人気を誇った元芸妓さん。
各界の名士ともつながりが深く、その著作では稲森和夫さんらとのエピソードが語られています。
現役の退任後は著作活動をしたり、海外で芸妓の正しい姿を紹介する講演活動を行っています。

そこには日本の伝統文化の一翼を担う誇りと責任を見ることができます。

著作「祇園の教訓」なんかは英訳も出版されています。

皆さんもちょいと読んでみたらいかがですか?

祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人
祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人

え?祇園?行けるわけないじゃないですか…お金ありませんし…


2007/11/22 [Thu]

マーチャーシュ教会と漁夫の砦・ドナウを臨む

ドナウ川西岸には「王宮の丘」と呼ばれる場所がある。
知名度といい、観光客の入りといい、ブダペスト最大の観光地だ。

もちろんここ一帯は世界遺産に指定されている。

その見所の一つがマーチャーシュ教会
マーチャーシュ1

13世紀に建てられたこの教会は、一時オスマン帝国の侵攻によりモスクに改修された。
その後も第二次大戦の戦火で破損するなど波乱の運命をたどる。

ようやく終戦後はカトリックの教会として復元され、現在は併設されたミュージアムとともにブダペストのシンボルとなっている。

そのすぐ向かいにあるのが漁夫の砦だ。
漁夫1

三角の屋根が印象的な建築物だ。
17世紀に造られ、ドナウ川の漁師が守ったことから「漁夫」の名が付いている。
砦からはドナウ川が一望でき、その景色だけでも世界遺産にふさわしいロケーションだ。

夏の観光シーズンは、観光客で一杯だ。
とはいえ、パリやローマのようなうんざり感はない。
涼しい気候と、溢れるほど人が来ないということもあるだろう。

静かに、そして気楽に歩ける点でとても楽しい時間だった。

なお、この「王宮の丘」には城バスと呼ばれるのに乗れば、市街地から直で来ることができる。

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2007/11/21 [Wed]

勝手に航空会社レポート・JAL/日本航空

勝手に航空会社レポート

第五回はJAL/日本航空

■ベース空港■
成田国際空港 関西国際空港

マイレージプログラム■
ワンワールド

☆企業スローガン☆
「安心とこだわりの品質で、世界を結ぶ『日本の翼』になる」

■雑感■
日本のフラッグ・キャリアであり、世界の航空会社の中で売上高第5位を誇る。
従業員15,000人という巨大航空会社。

ところが…現在は経営不振(赤字高)と相次ぐ事故報道で脚光を浴びてしまうことが多い。
マスコミ各誌による航空会社安全度ランキングでも、先進国のフラッグキャリアでは下位に沈む年が続いている。眠れる巨人はいつ目を覚ますのかっ…!

と、いろいろ言われているが、搭乗してみた感じではそんなに違和感はなかった。
飛行というのは、何もないことが当たり前だと言えばそうかもしれないが…
日本企業らしいきめ細やかなサービスはあるし、機内食もアメニティも「普通」だ。
それなのに人気がないのはどうしてだろうか?

もしかしたら素人では分からない査定ポイントで、大きく不評を買っている部分があるのかもしれない。

しかし、JALには頑張ってもらわないと…という声も高いだろう。
実際、ヨーロッパ旅行したいと思うのに、フラッグキャリアの安全度がイマイチ…というのでは、安心して旅行ができない。

私もぜひぜひ、声を大にして言いたい。

JALがんばれ!!!」

頼んだぜ〜

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2007/11/20 [Tue]

ブダペストで会った現地ガイドさん

ヨーロッパには、観光産業を国策化している国がいくつかある。
その代表がイタリアとスペインの両国だ。

この国での観光ガイドは免許制だ。

国家試験をパスした人間のみが、観光ガイドという仕事を担当できる。
結果、現地ガイドが通訳とともにツアー団体に同行するわけだ。

とはいえ、スペイン・イタリア以外の国でも現地ガイドがつくことは多い。
中欧でも、訪れた都市ごとに現地ガイドさんによる説明を受けた。
ブダ4

<以下は私の勝手な印象なので軽く聞き流してください!>

どうも、この現地ガイドさんの力量には相当な差があるような気がしてならない。
話している内容を聞いていると、観光に関する知識や語学力に関してはそれぞれ十分なものを感じるので、皆優秀な方ばかりなのだろう。

ところが、話の構成や展開といった部分になるとかなり違う。
そこに語学力はほとんど関係ない(と思う)。
面白い解説をしてくれる方はほんとう〜に引き込まれるような話をしてくれる。
この場合は実にラッキーだ。

ハンガリーやチェコなど、日本で流通している情報が少ない国ほど良い説明を聞きたい。
興味深い話は帰国後もずーっと心に残りつづけている。
もちろん、その逆もある。
そのときは、不運を嘆くしかないのかな〜と思ったりもする。

今回ブダペストを案内してくれた現地ガイドの方は、本当にすばらしかった。

大学で東洋文化関係の学部に所属していたことから、日本語が堪能。
しかも日本関連のネタ仕込みに余念が無く、かなりタイムリーな話題までカバーしていた。
驚いたことに「基礎日本論」というような日本語のテキストの冒頭までバッチリ暗記していた(日本はユーラシア大陸の東に位置する島国で、人口約1億2千万人...というような文言)。

もちろん楽しい話もしてくれるが、高い知性に裏付けられた説明は簡潔で的確だ。
事例も豊富で分かりやすい。

きっと入念な準備をしているのだろう。

まさにプロだな〜と思う。
職種は全く違うけど、こうやってきちんとしたパフォーマンスを出せる仕事人は尊敬する。
自分はといえば…ちょっと問題アリかな〜とか思ってしまうけど。



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2007/11/19 [Mon]

王のワイン、ワインの王 トカイ地方の貴腐ワイン

ハンガリー北東部にはトカイ地方と呼ばれる場所がある。
ここは古くから知られるワインの名産地。
1000年の歴史を持つブドウ畑と農場、そして美しい街の風景が評価され、この地域はユネスコの世界遺産に指定されている。

このトカイ地方で作られるワインの中で「貴腐ワイン」と呼ばれるものがある。

トカイ地方を世界的に有名たらしめたのは、この極めて貴重なワインといっても過言ではない。

貴腐ワインとは、赤ワインでもなければ白ワインでもない。
その色は透き通った金色だ。
トカイ

糖度が非常に高く、まるでシロップのような味わいだ。
おまけに独特の香りがあるため、一般的には食後のデザートワインとして飲まれるそうだ。

貴腐ワインは、白ワイン用のブドウに特殊なカビがつくことで生まれる。
ブドウの外側はそのカビのせいで、しなびた感じになるが内部では糖度が驚くほど上昇するらしい。

これらは極めてイレギュラーな形で生まれたワインのため生産にも手間がかかる上、量もさほど多いわけではないそうだ。

ところが、この独特の香りと味に魅せられた人々は多い。
最も有名なのは「太陽王」の異名をとったルイ14世。
彼はトカイ貴腐ワインを「王のワインワインの王」と評したそうだ。
何とも気の利いたセリフだ。

そんな貴腐ワイントカイの他にも2カ所有名な産地がある。
それがフランスはボルドーのソーテルヌと、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼなんだとか。

ちなみに甘いもの好きの私は、このトカイワインが大好き。
基本通り、デザートとして飲むのがお気に入り。

現在はサントリーが山梨で貴腐ワイン生産に成功したのだとか。
ぜひ皆さんもご試飲ください!

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酒 通販
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圧倒的な品揃えのお酒の通販サイト
この記事はブログルポの酒 通販特集の依頼により執筆しました。
2007/11/16 [Fri]

ドナウ川をはさんでブダ・ペスト

ブダペストはいわずと知れたハンガリーの首都。
街の中心には有名なドナウ川が流れている。

そしてこのドナウ川を挟んで西側がブダとオーブダ地区
ブダ1

そして反対の東側がペスト地区だ。
buda2.jpg

この二つを併せてブダペストと呼ぶそうだ。
ちなみに「ブダペスト」はドイツ語表記の読み方。
ハンガリー語では「ブダペシュト」と発音するらしい。

ブダペスト観光ポイントは、このドナウ川の両端に点在している。
なので、バスでまわる旅となれば何回か川に架かる橋を通ることになるだろう。

そしていくつか架かる橋のうち最も有名なのはここ「くさり橋」だ。
ブダ3

1849年に完成したこの橋は、その歴史と伝統だけでなく、ライオン像のエピソードでも有名だ。
1852年にできたライオン像は、下から見ると舌が見えにくい。
そのことで設計した建築家が散々に叩かれたということだ。

舌の見えないライオンってそんなに変なのだろうか?

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2007/11/15 [Thu]

中欧とドルと円高と・・・

ちょっと驚くようなドル安が続いている。

「ついに円高!」という報道がなされているが、実際はドル安・円安だ。
その証拠に、ユーロ・ドルは史上最高値を軒並み更新している。まさに手がつけられない状態だ。
その一方でドル・円は110円程度で収まっている。
もしユーロ・ドル並みの価格を円につけるとしたら・・・軽く見積もっても1ドル=100円を切ることになってしまうだろう。

その一方で先日、ユーロ・円が久しぶりに159円をつけた。
この値段を見て安いと思うようになったところが恐ろしい。
実際にヨーロッパ旅行してみて、1ユーロの実質的な価値は100円ちょっとだと感じる。
原油と同様、この高価格は明らかに行き過ぎている。

以上のことから、現在の為替相場はドル安・円安という状態と考えることができる。

さて、その強いはずのユーロやポンドが円に対して下落している。
この理由は以前も書いたように、クロス円というレート表示の特性からだ。
繰り返すことになるが、ユーロやポンドは円と直接の交換が難しい。
そこで基軸通貨(国際的に決済能力のある通貨)であるドルを介して交換される。
つまり、円→ドル→ユーロという具合にだ。
なのでドルの状態というものが、どうしてもクロス・レートの水準に関わってくる。

もっと分かりやすく言えば、ドルが下落するとクロス円も下落し、その逆もアリというわけだ。

ちなみにこの基軸通貨という考えは中欧旅行しようという方には必須の知識だ。

経済的にあまり強くない国が集中する中欧では、その国の通貨の信用が低い。
もしかしたら最終決済する前に通貨価値がどうにかなってしまうのでは・・・という不安がつきまとっているということだ。

これでは安心して商売ができない。

ということで、世界で最も決済能力のある通貨=ドルが重宝される。
下手をすれば店側から「ドルで支払ってくれないか?」ともちかけられることもある。
さすがに頻繁にというわけではないが、経済的な不安感が広まる時期にはある話ということだった。

なんだかんだ言っても、まだドルは基軸通貨なのだ。

2007/11/13 [Tue]

驚異の5つ星ホテル!コリンシア・ブダペストに泊まる!

今回の中欧旅行は、全行程が10日間のロングラン。
おまけに訪問国がドイツ・チェコ・オーストリア・ハンガリーと複数国にまたがるため、バスでの移動も相当な距離になる。

さすがに最後の訪問地であるハンガリー・ブダペストに到着した際には、ほとんどのツアー客に疲れの色が見えた。

ところが

バスを降りてホテルに入った途端、その疲れも吹き飛んだ。

宿泊先はコリンシア・ブダペスト!
驚異の5つ星(阪急交通社評)評価を得たスーパーホテルだ。
もちろんこんなところに泊まったことはない。それは力強く断言できる。
特に個人旅行時などは、せいぜいIBISホテル程度が関の山だ。
それが、こんな豪華で王宮のような階段を持ち、
コリンシア1

こんな「なんとか石造り」(名前知らず)っぽい豪奢なバスルームを持つ部屋に泊まれて良いのだろうか?
コリンシア3

もちろん部屋は広く清潔だ。何気なくテレビをつけると、びっくりしたことに日本語放送まで流れているではないか!
久しぶりに見るタモリやみのもんたに奇妙なノルタルジーを感じつつ、夕飯までの休憩時間を無意味にベッドの上でゴロゴロ回転しつつ過ごした。
コリンシア2


そういえば今日の夕飯はなんだっけ?
「たしか、ホテルのレストランだよ。」
…さっきちらっとメニュー見たけど、結構な値段だったぞ?
「この宿泊はスペシャルサービスなんだろうね。」
うん、添乗員さんもニコニコしながら「今日は高級感あるディナーですから、皆さん頑張ってくださいね。」とか言ってたしな〜

と、話し込んでいたところ、夕飯の時間が近づいた。
まずいことに集合時間ギリギリだ。

急げ急げとばかりにロビーへ向かう。

「?」

なんですか…それは?


そこに集まった人々は…たしかにさっきまで同じバスに乗っていたツアー客…のはずだった。ところが、その姿はまるで別人…のように着飾っている。

お、お い あ れ は 「どれす」 と か い う や つ か ?

「そうだね…」

そ ん な は な し き い て な い ぞ !

「そうだね…」

そ れ に ひ き か え 、 こ の か っ こ う は ず か し い !

「そうだね…」

お れ た ち う い て る よ !

「そうだね…」

と、その時きらびやかな衣装に身を包んだ集団から、二人のツアー客がこちらを見つけて近寄ってきた。
見ると、その二人も「ふつう」の格好をしている。
よかった!仲間がいた!しかも4人ならテーブルを一つ占領できる!

そこへ「ごめんなさいね〜」と言いながら添乗員さんがやってきた。

「本当にすみませんね。日本を出る前にドレスやフォーマル・スーツが必要とお伝えしておけばよかったですね…こちらの配慮が足りませんでした。」

バツが悪そうに釈明する添乗員さん。
だが、私たちがうつむきながら

「日本に帰っても、あんなドレスなんか持ってないってば!」

と心の中で叫んだことは想像に難くない…

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ホテル 宿泊


2007/11/11 [Sun]

ひまわり畑と黄金の絨毯・ハンガリー・ブダペストに向かう

ウィーンを後にした私たちは、バスで西に向かう。
行き先は、この中欧旅行最後の訪問地ハンガリーブダペストだ。
高速道路にでると、道の左右には広大でなだらかな丘陵地帯が広がっている。
すると、その丘陵地が突然鮮やかな黄色に染まった。

ひまわり畑だった。

オーストリア・ハンガリー国境付近ではひまわりが広く栽培されているそうだ。
用途は食用油から飼料まで幅広い。

しかし、これほど広大なひまわり畑は見たことがない。
高速で走るバスからそれを眺めると、まるで黄金の絨毯が広がっているように見えた。

さて、いよいよハンガリー
この国の面積は約9万平方キロメートル。日本の4分の1くらいだ。
そして人口は約1千万人と、これは日本の10分の1。
国民のほとんどは「マジャル人」だ。
ハンガリーに来る前はウラル山脈付近に定住していたそうだ。

こんなことがガイドブックに書いてあったが、今ひとつ実感が湧かない。
とはいえ、先入観を持たずに観光できることの利点もあるだろう。
10日間という行程を終盤まで消化し、だいぶ疲れが溜まってきたところだが、ちょっと気合いを入れ直そうかと思い始めていた。
budapesuto1.jpg

というところでブダペスト到着!
いよいよ中欧旅行編最期の地です!

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2007/11/09 [Fri]

シュテファン大聖堂まで走る!走る!

ウィーンでは、お決まりの特約店訪問中。

正直言ってこれは辛い。

一カ所に集合させられて、商品の説明を聞くのは大変な苦痛だ。
旅行会社の方には申し訳ないが、私はこういうところで何かを買おうという気が全く起きない。

ところが、この日の休憩場所はウィーンのど真ん中。
おまけに1時間という長い時間「お買い物タイム」に設定されている。
手持ち無沙汰にふらふらしても仕方がない。

どこか近場の観光地に行ってしまおうじゃないか!
建前上は自由時間(トイレ休憩?)なんだし…

ということで地図を確認。

近くに観光地は…あった!シュテファン大聖堂!

ガイドブックによると…ふむふむ12世紀に建てられたゴシック建築の教会。
歴代皇帝(ハプスブルク家か?)の内臓!が納められた坪がある。
ウィーンを代表する大聖堂…よっしゃ、ここへ行こうじゃないか!

ただ、距離が少し離れているかな?
いや、走っても行こうじゃないか!特約店でくすぶっているよりマシだ!

ということで走る!走る!

歩行者天国駆け抜けて15分。

あった!

シュテファン1

思ったよりも大きいな〜!
何となく汚れた感じの外壁がヨーロッパの大聖堂という雰囲気を醸し出している。
とりあえず大きさを確認するように、周囲をとぼとと歩いて見渡す。
シュテファン3

うんうん、なかなか。
ただ、時間が無いので急ぎ中へ入る。
シュテファン2

早足で歩きながら写真を撮ったが、やはりブレブレ。
しかも中ではミサの真っ最中で、すぐに撮影が御法度になってしまった。
とはいえ、内部は古典的なゴシック様式のすばらしい大聖堂だ。
できればしっかりと下調べをしてじっくり見て歩きたかったな〜

後ろ髪を引かれる思いでここを後にする。
その後は集合地まで走る!走る!

そして再び15分のランを終え、無事集合地に到着。
ツアー旅行者としては、あまりうれしくない特約店訪問も、
工夫次第ではなかなか楽しくなるのだな〜と思った。

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2007/11/07 [Wed]

勝手に航空会社レポート・KLMオランダ航空

「勝手に航空会社レポート」

第4回はKLMオランダ航空。

■ベース空港■
スキポール国際空港

■マイレージプログラム■
スカイチーム

■日本路線への乗り入れ■
成田国際空港 関西国際空港

■雑感■
ブルーの制服が印象的なKLMオランダ航空。
とにかくスタンダードというのが感想だ。特にこれといって突出しているものはないが、
その堅実さが逆に売りなのか。

人当たりの良いキャビン・アテンダントも多く、接客で不快な思いをすることはなかった。
それどころか読書灯が壊れている旨を伝えたところ、空席だったビジネスクラスに席を移動させてくれる配慮もいただいた。

機内食はちょっと珍しいものが多い。
辛くないオレンジ色のカレー(?)や、濃い風味のするパンなどが出る。
私が乗ったときはローストチキンに何ともいえないソースがかかったものだった。
とはいえ、味はびっくりするようなものではないので、私はおいしくいただくことができた。

ただ、ちょっと残念なのは機内アメニティだ。
これまで、基本的にKLMの機内にはオンデマンド方式の液晶モニターがついていなかった。そのため、映画は前方にあるスクリーンを見るしかない。それも、わずか3本程度で選択の余地なしというものだ。
現在は少しずつモニターを設置する機体を増やしているそうだが、この点に関しては他者に大きく遅れをとっていると言わざるをえない。例えばヴァージン・アトランティック航空ならば、数十種類というとんでもない数から映画をオンデマンドで選択できる時代だ。

NewsWeek誌の航空会社安全度ランキングでもベスト5以内の常連だ。
この点が改良されれば、個人的なお気に入り航空会社のトップを争うことは間違えない。

総評として、世界最古の航空会社らしく堅実で誇り高きエアラインという印象だ。

乗り継ぎの利便性や、チケットの経済性も考えても高い評価ができると思う。


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2007/11/06 [Tue]

ハプスブルク家とオイゲン公・ベルヴェデーレ宮殿を行く

ハプスブルク家の栄光を支えたものとして、巧みな政略結婚があることはよく知られている。
ヨーロッパ各国の王家に血筋を送り込むことで味方を作り、同時に対立の糸口も見出す。
その外交的手法の鮮やかさは、様々な角度から研究されている。

ところがこの大勢力を保つには軍事的成功も必要だ。
プリンツ・オイゲンハプスブルク家の軍事部門を支えた英雄だ。

彼の軍歴はオーストリア・ハプスブルク帝国にとっての宿敵・フランスのブルボン家
との戦いに彩られている。

軍人として世に出るきっかけとなったオスマン帝国によるウィーン包囲線も、背後からハプスブルク家を脅かそうとするブルボン家の圧力と無関係ではないし、華々しい戦果を挙げたスペイン継承戦争では真っ向からフランスと戦っている。

そしてそのオイゲンが夏の離宮として建てたものがこのベルヴェデーレ宮殿だ。
ベル1

宮殿は門から入るとすぐに建物に到着する。
ここは現在、オーストリア絵画館となっているが、この日は残念ながら中に入ることができなかった。
なので見所は、その建物の反対側にある庭園だ。
これがびっくりするくらいきれいだった。
緩やかな坂がずっと続く先に、綿密な手入れがされた庭園が広がっている。
ベル2

この日は天気がよかったため、ウィーン市街の向こう側までずっと眺めることができた。
この宮殿が完成したのは1723年。
すでにオイゲンが60歳になろうという時だ。
この時代ならば、すでに人生の総括にさしかかる年齢だろう。
ベル3

フランス・サヴォイア家出身であるこの将軍は、ベルヴェデーレ宮殿の庭を眺めながら何を想ったのだろうか。

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2007/11/05 [Mon]

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旅行系ブログの登録数はあんまり多くないようですが・・・
機能を見てみると、人気キーワードのチェックがやりやすかったり、
「海外情報」という括りで考えると、登録ブログ数もまずまずなので。

またよろしくお願いします。

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2007/11/03 [Sat]

デメルでザッハトルテの夢潰える…悲しきウィーンの旅

シェーンブルン宮殿観光は約1時間程度。
あとは自由時間ということだったが、集合までなんと30分しかない。
とりあえず、見所満載の巨大庭園へ向かうことをあきらめ、入り口の門近くの土産物店へ走った。

ところが…前方に見える土産物屋が遠い。

あまりに広大な敷地のため、遠近感がマヒしているようだ。
視界に入る目標物がこれほどまでに遠いというシチュエーションは、日本でそうそう体験するものではない。ヨーロッパ旅行ならではの出来事だ。

ぜーぜー言いながら、何とか土産物屋にたどりつき、クリムト関連のグッズを買う。

そして「さぁ」と時計を見たら、すでに集合5分前。
何て事だ…と思うものの、この短時間でシェーンブルン宮殿を満足行くまで楽しもうというのは、土台無理な注文だろう。

とはいえ、ウィーンのもう一つのお目当て「デメル」のザッハトルテには何とかありつきたい。
シェーンブルン宮殿デメルのあるウィーン市街地からは離れている。
ところが午後はその市街地へ突入するという行程だ。

とりあえず添乗員さんに聞いてみた。何事も確認が必要だ。

「すいません…市街地ではどれくらい自由時間がもらえるんですか?」
「そうですね、1時間くらいは取れると思いますよ。」

土産物の特約店へ案内されることも考慮しても、かなり余裕がある。
これならデメル本店でザッハトルテが食べれる!

上機嫌でバスに乗り込み、想いを馳せる。
あのチョコレートの濃厚な甘さと香り。う〜ん最高!

ところが

本当に甘かったのは私の方だったようだ。

その日…ウィーン市街で私たちツアーご一行は見事に迷子になった。
添乗員さんが会社から渡されていたレストランの地図に間違えがあったようだ。
どのような問題かは分からないが、連絡の手違いがあったということだ。

そしてこの日もザッハトルテは私の目の前に姿を現すことはなかった…



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2007/11/02 [Fri]

ハプスブルク家と夢の跡・シェーンブルン宮殿で想うこと

ウィーンの中心部から5キロほど離れた位置に、長大な外周を持つ敷地が見えてくる。
周囲には観光バスがずらりと並ぶ。
もちろんそれは日本人相手のものだけではない。
世界各国から集まる観光客を世話する旅行会社のものだ。
シェーンブルン1

ウィーンがツアーの行程に組み込まれているのなら、このハプスブルク家の離宮シェーンブルン宮殿を訪れないものはないだろう。

黄色の外壁に彩られた巨大な建物は、保有する部屋数が1441という巨大な規模を誇る。
シェーンブルン3

ところが、訪れる観光客の数も年間700万人と半端ではない。
そのため宮殿内はその広大な庭園を合わせても人でごった返している。
そこで、現地ガイドさんは夏の観光シーズンに熾烈な予約合戦をするらしい。

私達がシェーンブルン宮殿を訪れたのは早朝だ。
その甲斐あってか、10分ほどの待ち時間で中に入ることができた。

ガイドさんから主要な部屋ごとの説明を受ける。
もちろん、ツアーの時間に合わせたストーリーでだ。
それによると、シェーンブルン宮殿というのはハプスブルク家の離宮であったらしい。
外壁を黄色にしたのはマリア・テレジア

やはりというか、日本人にもなじみが深いであろう、このマリア・テレジア一家の話題を中心に説明は進む。

歴代子だくさんの家系であったハプスブルク家は、巧みな政略結婚の結果ヨーロッパ封建世界に強い政治的影響力を及ぼす存在になった。
いわゆる「双頭の鷲」の紋章が各国を席巻した時代だ。
ガイドさんの説明はこの点を軸に、政治的話題と家庭的話題を対峙させて進めていく。

マリア・テレジアは夫フランツ・シュテファンの死後、ずっと喪服をまとい続けた。
マリー・アントワネットを母として気遣う手紙がたくさん残っている。
次々と出る家庭的エピソードを聞くうちに、オーストリア継承戦争や七年戦争といった政治的大事件までもがホームドラマ化してくるような錯覚を受けた。
大家族を仕切る強いお母ちゃんが、次々と家族にふりかかる出来事を解決していく、という感じに。

こんなところも日本人好みの展開なのだろうか。

ちなみにシェーンブルン宮殿の一部は民間に住居として提供されているらしい。
1960年代にウィーンが住宅政策の一貫として行ったそうだ。

「なんて素敵な企画なんだ!」

と飛び上がってしまいそうだが、地元住民の中にはあまり人気がない「物件」なんだそうだ。
駅に遠い、生活用設備が古い、そして何より一年中家の付近を観光客がうろうろする。
そういう点がマイナスなんだとか。

そういえば、かつて「世界ふしぎ発見!」でこの政策に関する問題が出たような…
旧大帝国の宮殿といえども、実利で考えると住みにくい場所なのだろう。


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2007/11/02 [Fri]

1000万円があたるかも?為替レート当てキャンペーン

金融市場の不安定化が再び頭をもたげてきた。
原因はこれまで好調だったアメリカ経済の変化にある。
先日、FRBは政策金利を引き下げた。
株式市場および労働市場の動きを見定めてのことだそうだ。

予想通りの結果とはいえ、為替市場は大きく動いた。
まさに乱高下だ。
金や原油価格の高騰に伴うインフレ懸念の中での利下げは、物価安定化というFRBの使命とは一見矛盾する行為だ。
ところが、インフレ=物価上昇=利上げという単純な図式が当てはまらないことが今の金融市場の特徴だ。FRBは暫定的に利下げを行うことで、当面の危機を回避しようと試みたのだろう。追加利下げを示唆しなかったところからして、そう理解するのが自然だ。その判断が正しいかどうかは今後の経過にゆだねるとして、現在の金融市場が長期的展望のしにくい状況になったことは確かだ。

そんな中で為替レートを予測することも難しくなった。

そしてFX会社などが主催する「レート当て」的イベントも難易度がこれまで以上に高まっている。比較的安定した時期でも特定日のレートを当てることは大変難しい。
ほとんど運ではないかと思う節もある。

ところが打って出る価値十分の企画もある
賞金が1000万円!というところもあるからだ。
これほどの高額賞金はなかなか見つからない。

宝くじを求めるような気分で挑戦してみてはいかがだろうか。

1000万円

為替
2007/11/01 [Thu]

美しく暗いドナウ・ウィーン到着

ハルシュタット湖畔から、再びバスで西進する。
向かう先はオーストリアの首都ウィーンだ。

古代ローマ帝国の宿営地「ウィンドボナ」を起源とするこの街はあまりに有名だ。
特に中世から近代にかけては、ヨーロッパ封建世界を席巻したハプスブルク家の都として栄えた。全盛期を演出した女帝マリア・テレジアやフランツ・ヨーゼフ1世と后妃エリザベート、第一次世界大戦の引き金となったフランツ・フェルディナンド大公夫妻暗殺事件(サラエボ事件)など、ハプスブルク家にまつわる話は尽きることがない。

もちろん、帝国の崩壊後にこの街が歴史から忘れ去られたわけではない。

元来が多民族体制であり、しかも支配階層であったドイツ・ハンガリー系住民の数が少なかった帝国は、崩壊後もヨーロッパの火薬庫として紛争の真っ只中に置かれた。
しかもヒトラーの台頭により、一時はオーストリアという国家自体が無くなってしまう。

そうした激動の時代を経て、現在のウィーンがある。

それなのに、ツアーでは2日しか滞在できない。
これは酷な日程だ。
とはいえ、中欧10日間という欲張りな状態なので仕方がないか...
むしろこの行程でウィーンにそれだけ滞在できることには感謝しなくてはならないかもしれない。

さてさて、ウィーンは旧市街と新市街に別れる。
その境を作っているのがドナウ川だ。

川を挟んで片側が旧市街。もう一方が新市街という分かりやすい構図だ。
私たちが到着した時間帯は夕暮れ時。
美しく青き…ではなく、暗いが美しいドナウ川だった。
ドナウ川

ホテルは新市街の方にあった。
こちらは高層ビルやオフィスが立ち並ぶ街だ。
ヨーロッパの主要都市では珍しいくらいはっきりとした近代的市街地だ。

とりあえず部屋についたらコーヒーブレイク。

もちろんウインナーコーヒーで。
クリームの味わいがコーヒーの苦みと溶けあって…最高!
ところが、それだけ甘い飲み物をいただいていても、ケーキが欲しくなってしまった。

とはいえ、夜においしいケーキにありつくのは難しい(店閉まってるし)。

ということで我慢。
翌日のウィーン市街をまわるツアーの自由時間にスキあらば行きたいと思っている店がある。

そのお店は「デメル」さま。

本場のザッハートルテをぜひ…というわけだ。
果たしてうまくいくだろうか?


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